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2026年02月

2026.02.24

今朝の気づき、心のノートに #29 松岡修造さんに学ぶ

2026年2月24日 松岡修造さんに学ぶ心の持ち方

 

みなさん、おはようございます。

最近、SNSである面白い話題が盛り上がっているのを目にしました。

先日幕を閉じた、イタリアで開催されたミラノ・コルティナ冬季五輪。

現地で熱いリポートを届けていた元テニスプレーヤーの松岡修造さんにまつわる「ある説」です。

それは、【松岡修造さんは、実は太陽神なんじゃないか】というお話。

 

SNSを覗いてみると、こんな書き込みが溢れていて思わず笑ってしまいました。

  • 「修造さんが今日本にいない。つまり、関東は大雪間違いなしです」
  • 「日本列島の唯一の熱源が消えた。」
  • 「雪国が大変なことになるので、一旦帰ってきてもらえませんか」

冗談半分とはいえ、これだけ多くの人が「彼がいなくなると寒くなる」と信じている(?)のが面白いですよね。

実際、過去に彼が全豪オープンの取材でメルボルンへ行った際は、現地が43度近い猛暑になり、彼が日本へ帰国した途端に気温が13度まで下がったというエピソードもあるそうです。今回のイタリアでも、彼が訪れた地域だけ急に暑くなったという噂まで飛び出しています。

 

日本の神様で太陽神といえば”天照大神(あまてらすおおみかみ)”ですが、松岡修造さんを見ていると、まさにその存在そのものが周囲をパッと照らす力を持っていると感じます。

世の中にはマイナスなニュースも多いですが、彼には不思議とネガティブな噂が似合いません。それは、彼が常に「本気」で、そして「明るく」あろうとする強い意志を持っているからではないでしょうか。

私が今回このエピソードから感じたのは、「明るくいること」の重要性です。

明るく振る舞うことは、単に自分の気分を上げるだけではありません。その場の空気、一緒に働く仲間、そして関わるすべての人たちの空間を明るく変えていく「力」があるのです。明るい人のまわりには、自然と前向きな話題やチャンスが集まってくるものだと私は信じています。

 

私たちが松岡さんのように物理的な気温を変えることはできませんが(笑)、自分たちの職場の温度や、心の温度を上げることは今日からでもできます。

誰かが沈んでいる時に、そっと明るい声をかける。 難しい課題に直面した時こそ、前向きな言葉を選んでみる。

そんな一人ひとりの小さな「明るさ」が、大きな力になっていくはずです。

日本はまだ冷え込む日が続きそうですが、心には「自分なりの太陽」を持って、今週も元気に、気持ちよく過ごしていきましょう!

それでは、今日も一日よろしくお願いします。

※画像はAI生成イメージです☀

2026.02.16

今朝の気づき、心のノートに #28 「察する文化」と能面の一瞬

2026216日 「察する文化」と能面の一瞬

 

先日、狂言師の方からとても興味深いお話を伺いました。

狂言は、能と能の間に演じられるものです。

能は「日本最古のミュージカル」と言われるのに対し、狂言は会話劇。

現代で言えば、漫才のような役割を担い、観客を笑わせる存在です。

ただ、使われている言葉は昔の言葉。

正直なところ、何を言っているのかよく分からないこともあります。

それでも、会場は笑いに包まれる。

その秘密のひとつが「笑い方」にあるようです。

コツは「ハッハ」をはっきり言うことが大切だと教えてくださいました。

「ハーッ、ハッハッハッハッハー」

を立て、息をしっかり出す。

最初は静かだった空間が、少しずつ温まり、自然と笑いが広がっていく。

笑いは伝染する。

演じる側が本気で笑うと、場が動き出すのだと感じました。

 

さらに印象に残ったのが、能面のお話です。

能では、面をつけたまま30分~60分ほど舞い続けます。

基本的には、能面の角度は同じ角度のまま。

その中で、ほんの一度か二度だけ、少しだけ角度を変えるそうです。

少し下を向く――「曇り」。

悲しみや切なさを表します。

少し上を向く――「照り」。

喜びや、月を見上げる情景を表します。

表情は変わりません。

けれど、見る側は感じ取るのです。

「ああ、今は悲しんでいるのだな」

「ああ、月を見ているのだな」

たったそれだけの変化で、物語が動く。

能は、演じる側がすべてを説明する芸能ではなく

むしろ、見る側が想像し、感じ取ることで完成する芸能なのだと思いました。

 

現代の演劇は、表情豊かに感情表現を出すスタイルが多くあります。

しかし、日本の伝統文化では、受け手が察することを大切にしてきた、

これは、日常のコミュニケーションにも通じるのではないでしょうか。

言葉そのものよりも、表情や間、空気感。

その奥にある気持ちを感じ取る力。

すべてを言葉で説明しなくても、

感じようとする姿勢があれば、心は通い合う。

狂言の笑いも、能面の一瞬も、

結局は「感じる側」がいてこそ成立します。

普段の会話の中でも、言葉だけでなく、その奥にある思いを感じ取ることを大切にしていきたいと改めて思いました。

察する力を磨くこと。

それは、相手をより深く理解しようとする姿勢なのかもしれません。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

※画像はAI生成イメージです

2026.02.09

今朝の気づき、心のノートに #27  静かな響き

202629日  静かな響き

 

10年ほど前に、東京で知り合った方がいます。

広告関係の仕事をされていて、忙しい毎日の中で少し疲れてしまい、静岡に移り住み、リモートで働いていました。

ところが2年前、その方は一人暮らしの家で倒れ、体がまったく動かなくなってしまったそうです。

動こうとしても動けない。声も出ない。

2日ほど、そのままの状態が続いた中で、「ああ、こうやって人は死んでいくんだな」と思ったそうです。

その瞬間、周りがすっと静かになり、静かな響きのようなものが聞こえてきたそうです。

それは言葉に変換されるような響きだったと言います。

 

そしてその中で、「ここに連絡しなさい」という感覚があり、

必死にスマートフォンを操作して連絡を取り、結果的に助けられました。

その体験以降、その方はその静かな響きを、日常の中でも感じるようになったそうです。

日本語と英語でその体験を詩にし、出版することになりました。

 

今では海外のアート系出版社からもの出版も見据えているそうです。

先日、その方とZoomで話す中で、こんな話になりました。

海外の人が不思議に思うことの一つに、

「なぜ渋谷のスクランブル交差点では、あれだけ人が多いのに、ぶつからずに歩けるのか」ということがあるそうです。

日本人は無意識に、相手の存在を感じ取り、歩くリズムを少し変えたり、

視線や体の向きで「こちらに行きますよ」というサインを送り合ったり、

言葉以前の「静かな響き」を感じながら生きているのかもしれない。

 

今、社会も経済も大きな転換期にあります。

次の形が見えにくい時代ですが、

実は私たちが当たり前に、無意識でやってきたこの感性の中に、

これからのヒントがあるのかもしれない、そう感じました。

何かをどんどん足していくのではなく、

シンプルに、静かに、身近なものを大切にする。

その中にある「静かな響き」に、少し耳を澄ませてみる。

今日はそんなことを、皆さんと共有したいと思いました。

これからも「静かな響き」を大事にしていきましょう。

※画像は生成イメージです🌳

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