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2025年11月

2025.11.25

今朝の気づき、心のノートに #20「在り方」と「やり方」

2025年11月25日 🎓若者たちの反応から感じた「在り方」と「やり方」

 

昨日、研修講師をされている方と話をしました。

その方は先日、ある大学で講演をされたそうです。

対象は大学3・4年生の約250人。

大講堂での講演中、学生たちは全員がノートPCを開いて、画面を見ながらキーボードを打っていたそうです。

 

最初は「ちゃんと話、届いてるのかな…?」と不安だったといいます。

けれども講演後に実施したアンケートを見ると、驚くほど丁寧で深い感想が寄せられていたそうです。

 

講演のテーマは「やり方」と「在り方」。

就職活動を控えた学生たちにとって、

「どう稼ぐか(やり方)」と「どう生きるか(在り方)」の

どちらを優先するかというテーマは、まさに今の課題です。

 

「在り方を問うことを忘れずに、その上に“やり方”を積み上げる」

――そんなメッセージに、多くの学生が共感を寄せたそうです。

表情や反応は静かでも、

心の奥でしっかり感じ取っている若者たちの姿に、

講師の方も「希望を感じた」と話されていました。

 

 

---

 

私たちの仕事も、まさに同じだと思います。

たとえば「給与計算」。

一見ルーティンのように見えて、実は世界的にも高度な仕組みの上に成り立っています。

社会保障制度や税制が整い、給与が正確に支払われることで、

家庭を支え、経済が回り、社会が安定します。

その根幹を担っているという誇りと責任を、改めて感じます。

 

また、建設業にしても同じです。

国の基準に基づき、安心して事業を進められるのは、

制度とそれを支える人たちがいるからこそ。

当たり前のことを「当たり前にできる」――

それこそが、実は一番大切で、価値のあることなのだと思います。

 

日々の仕事の中で、

「自分たちは社会の一部を支えている」という意識を持ち、

やりがいと使命感を忘れずに取り組んでいきたいと思います。 

2025.11.17

今朝の気づき、心のノートに #19 名優

2025年11月17日 子は親の心を実演する名優である

 

モーニングセミナーで、「子は親の心を実演する名優である」という言葉を学びました。

この言葉を聞いたときは「なるほど」と思う程度でしたが、最近になって、その意味を深く感じる出来事がありました。

 

私が子どもの頃、テストというのは“授業でどれだけ理解できたか”を測るものだと思っていました。

私は一生懸命に授業中に一生懸命先生の話を聞き、積極的に手を挙げていました。

そのため家で勉強している友達を見ると、「家で勉強するとは、なんてずるいんだ」と思ってしまいました。

授業中は手を挙げもしないのに、テストでは100点を取る。

一方の私は50点や60点。

通信簿でも3。

「おかしいな」と思って先生に言いに行くと、「みんな勉強しているんだよ」と言われ、さらに納得がいかない…そんな子どもでした。

 

それから年月が経ち、ある日、娘に「テストのとき、見直ししてる?」と聞いたら、娘がこう言ったんです。

 

「見直ししたら、本当の実力がわからないじゃん。」

 

思わず笑ってしまいました。

まさに昔の自分そのものです。

“本番一発勝負”で挑む姿勢。

妻は理解できず、「見直ししなさい」と言いますが、私は心の中で「わかるよ、その気持ち」とつぶやいていました。

まさに、「子は親の心を実演する名優」だなと感じた瞬間でした。

 

そんな折、お客さまのところで少しトラブルがありました。

その際に話題になったのが、「見直しは30秒でできるけれど、やり直しには3時間、あるいは3日かかることもある」という言葉。

本当にその通りだと思いました。

たった30秒の確認を怠ることで、信頼を損ねたり、大きな時間を費やすことになることもあります。

“見直す”というのは、“ずるいこと”ではなく、“誠実なこと”なんだと気づかされました。

 

私はどちらかというと前だけを見て突き進むタイプですが、これからは少し立ち止まって確認することを大切にしたい。

そして、その姿を通して、娘にも“見直しの大切さ”を伝えていきたいと思いました。

 

「子は親の心を実演する名優である」

まさにその通りで、子どもの姿には自分の心がそのまま映し出されています。

だからこそ、子どもを通して、親自身が気づき、磨かれていくのだと感じます。

日々の小さなやり取りの中にこそ、倫理の実践があるのかもしれません。 

↓AI生成イメージです☆

2025.11.10

今朝の気づき、心のノートに #18 1分の差

2025年11月10日 1分の差

先日、ある方と打ち合わせをしました。

「法人設立」のご相談で、熱海駅の駅ビルにある落ち着いたカフェでお会いする予定でした。
仕事の話もしやすそうな、広めのテーブルがある場所です。

駅前の駐車場はどこも満車でなかなか見つからず、気持ちが焦って探していました。

すると先方から連絡が入り
「もう満席なので、別のお店を見つけました。こちらに来てください」

とのこと。ようやく駐車できて、教えられたお店に着いてみると——
そこは、まさかの「アイドルカフェ」。

店の前には、ピンクのフリフリ衣装の女の子たち。
「いらっしゃいませ〜!」という元気な声に迎えられ、
男性2人が小さなテーブルで、
“
いちごなんとかーベリー”というメニュー達にかこまれて打ち合わせ。
想像していた打ち合わせとは、かなり違う空間でした(笑)。


そんな中でも、私の心に残ったのは“時間”のことです。

待ち合わせは13時。
駐車場を探しながら時計を見るたびに、
「1分でも遅れたらどうしよう」と焦っていました。

結局、ギリギリ13時ちょうどに到着。
先方は大変穏やかな方で、
「全然大丈夫ですよ」と笑顔で迎えてくれました。

12時59分も13時1分も、待ち合わせ時間から見ればほんの1分の違い。
それなのに、どうしてこんなにも心が揺れるのだろう——
そんなことを考えました。


私は普段、腕時計をつけません。
けれど日本では、「時間を守ること」が礼儀であり、信頼につながります。

一方で、デンマークのある町では街中に時計がなく、
人々は教会の鐘や太陽の位置で時間を感じながら生活しているそうです。

「何時に」ではなく、「そのくらいの時間に」。
そんなおおらかな感覚で生きている人たちもいる。

時間を守ることは大事。
でも、時間に縛られすぎると、
ゆとりや優しさを失ってしまうこともあるのかもしれません。


あの日のアイドルカフェでの打ち合わせは、
思わず笑ってしまうような状況でした。
けれど、「1分の差」から考えた“時間のあり方”は、
今の自分にとって大切なテーマだったように思います。

※AI生成イメージです🍓

 

2025.11.04

今朝の気づき、心のノートに #17 誕生日

2025年11月4日 久しぶりに祝ってもらった誕生日☺

 

普段、私たち夫婦はあまりイベントごとを盛大にやるタイプではありません。

「そういえば先週、結婚記念日だったね」なんて、あとから思い出すことも多いくらいです。

 

そんな私ですが、先日、ちょっと特別なことがありました。

実家に玄米を取りに行ったら、部屋が暗くて、テーブルの上にはお寿司とケーキ。

ケーキにはロウソクが立っていて、「ハッピーバースデ~♪」と両親の歌声が。

そう、その日は私の誕生日だったんです!

 

久しぶりにちゃんと祝ってもらった誕生日。

どうしていいかわからないような、でもすごくうれしい時間でした。

ケーキには「おたんじょうびおめでとう 」と、全部ひらがなで書いてあって、

なんだか子どもの頃に戻ったような気持ちになりました。

 

思えば、「いくつになっても子どもは子ども」とよく言うけれど、

いくつになっても、家族にお祝いしてもらうと素直にうれしいものですね。

 

そういえば、以前デンマークに行ったときに聞いた話では、

誕生日を迎える人がみんなを招いて感謝を伝えるのが習慣なのだとか。

ガーデンパーティーを開いて、知らない人まで混ざってしまうこともあるそうです。

「楽しそうだから入っちゃった」なんていう人もいるくらい、

とてもにぎやかで自由なお祝いの仕方なんですね。

 

静かに祝われる誕生日も、みんなでワイワイ祝う誕生日も、

それぞれのあたたかさがあるなあと感じた一日でした。

 

今日もいい日をお過ごしください☀

※AI生成イメージです↓

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