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2026.02.16
今朝の気づき心のノートに#28 「察する文化」と能面の一瞬
2026年2月16日 「察する文化」と能面の一瞬
先日、狂言師の方からとても興味深いお話を伺いました。
狂言は、能と能の間に演じられるものです。
能は「日本最古のミュージカル」と言われるのに対し、狂言は会話劇。
現代で言えば、漫才のような役割を担い、観客を笑わせる存在です。
ただ、使われている言葉は昔の言葉。
正直なところ、何を言っているのかよく分からないこともあります。
それでも、会場は笑いに包まれる。
その秘密のひとつが「笑い方」にあるようです。
コツは「ハッハ」をはっきり言うことが大切だと教えてくださいました。
「ハーッ、ハッハッハッハッハー」
“ハ”を立て、息をしっかり出す。
最初は静かだった空間が、少しずつ温まり、自然と笑いが広がっていく。
笑いは伝染する。
演じる側が本気で笑うと、場が動き出すのだと感じました。
さらに印象に残ったのが、能面のお話です。
能では、面をつけたまま30分~60分ほど舞い続けます。
基本的には、能面の角度は同じ角度のまま。
その中で、ほんの一度か二度だけ、少しだけ角度を変えるそうです。
少し下を向く――「曇り」。
悲しみや切なさを表します。
少し上を向く――「照り」。
喜びや、月を見上げる情景を表します。
表情は変わりません。
けれど、見る側は感じ取るのです。
「ああ、今は悲しんでいるのだな」
「ああ、月を見ているのだな」
たったそれだけの変化で、物語が動く。
能は、演じる側がすべてを説明する芸能ではなく
むしろ、見る側が想像し、感じ取ることで完成する芸能なのだと思いました。
現代の演劇は、表情豊かに感情表現を出すスタイルが多くあります。
しかし、日本の伝統文化では、受け手が“察する”ことを大切にしてきた、
これは、日常のコミュニケーションにも通じるのではないでしょうか。
言葉そのものよりも、表情や間、空気感。
その奥にある気持ちを感じ取る力。
すべてを言葉で説明しなくても、
感じようとする姿勢があれば、心は通い合う。
狂言の笑いも、能面の一瞬も、
結局は「感じる側」がいてこそ成立します。
普段の会話の中でも、言葉だけでなく、その奥にある思いを感じ取ることを大切にしていきたいと改めて思いました。
察する力を磨くこと。
それは、相手をより深く理解しようとする姿勢なのかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
※画像はAI生成イメージです

