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代表のことば

2025.07.22

今朝の気づき、心のノートに #6 「間」の妙を楽しむ

7月22日 「間」の妙を楽しむ。

 

先日、一人で信号待ちをしていたときのこと。

「今日、雨ふるの?」

右後ろから突然声がしました。

ふり返ると、小学生くらいの男の子が一人、私のすぐ右後ろ、肌が触れ合うくらいの距離に立ち私を見上げています。どうやら私に話しかけているようです。

見上げる少年に少し戸惑いつつ

「うん、降るみたいだね」

と返すと

「ふーん」

と言って、信号を渡っていきました。

 

「なんだ、この間は・・・。」

 

 

また別の日、信号待ちをしていると、反対側に小学生の女の子がぽつんと立っていました。こちら側は私一人、向こう側は少女一人。

すると突然、その少女が洗練された振り付けとともに

「かわいいだけじゃダメですか?」

と歌い出したのです。

「え!私に聞いてる?」

何を返せばいいのか・・・そもそも返事をするべきなのか・・・?

私が戸惑っていると、信号が青になりました。

相変わらず踊り歌い、信号を渡り近づいてくる少女。

一歩また一歩、かわいさの確認をしながら近づく少女と戸惑う私。

そのままなにも起こらずにすれ違いました。その後も

「かわいいだけじゃダメですか?」

とやっている。

どうやら私に聞いているわけではなかったようだ。

ほっと胸をなでおろした。

 

「なんだ、この間は・・・。」

 

 

この2つの独特な「間のとり方」。

相手が大人だったらと想像すると、ちょっと嫌だ。

小学生だとなぜかちょっと可愛い。許せちゃう。

あとでクスリと笑ってしまった。

 

 

先日、娘のスイミングスクールでのこと。

二人しか座れないような保護者席に私が座っていると、残り1人分しかない私の横のスペースに、夫婦らしき2人が座ってきました。

夫婦+私。もう密着です。

距離感が気になりすぎて横を見ると、逆に奥さんの方が、「何見てんのよ!」みたいな目でこちらをじっと見てきます。

私は思わず席を立ちました。

 

「なんだ、この間は・・・。」

 

 

距離のとり方、視線の送り方、座る場所──無意識のうちに我々は「間」を感じているようです。

そして、少しでもその“間”を破られると戸惑ってしまう。

特に大人に対しては・・・。

 

しかし、子どもたちはきっと、「間」違えながら“間”を学んでいる最中。

うまくいかないこともあるけれど、それがまたおもしろくて、愛おしい。

大人だって、いろんな経験のなかで、自分に合った「心地よい間」を見つけていくのだと思う。

「間違い」から学ばないと間が悪い「間抜け」な人になる。

それは避けたい。

 

日々省みつつ「間に合う」人になりたい。

人との間、事柄との間、自分との間・・・。

人生を詰め過ぎず、適度な「余白」を大切に「間」を味方につけたいものです。 

2025.07.14

今朝の気づき、心のノートに #5 寝顔からわかること

 7月14日 寝顔からわかること

 

おはようございます☀

 

先日、複数のエステサロンを経営されている方とお話をする機会がありました。

ご自身も現場に立ち続けるオーナーさんで、施術の中で興味深い気づきがあったと話してくださいました。

 

それは、「寝顔」についてです。

 

施術中、お客さまはリラックスして横になります。すると自然と眠ってしまう方も多く、その寝顔を見ていると、実にさまざまな表情が浮かび上がってくるそうです。

唇が動いたり、目が動いたり、顔が微細に反応している。そこには、その人の普段の思考パターンや感情がそのまま現れているように見えるのだとか。

 

「人は一生のうち3分の1を寝て過ごす。その寝ている時間の表情が、実は美容にも大きく影響している。」とオーナーは言っていました。

 

寝ている間の表情が険しいと、せっかくエステで整えた顔も元に戻ってしまう。

だからこそ、眠る前に「今日も一日お疲れ様」「ありがとう」と自分の心と体を労わること。いい夢を想像してから眠ることが、美しさの根本につながるというのです。

 

この話を聞いて、私自身が日頃お客さまと接するときの態度や言葉遣いもまた、見えないところで評価され、伝わっているということを改めて感じました。

 

実際に、先日訪問したお客さま先でも「スビラさんが一番評判が良かった」と言っていただけました。これはきっと、目に見える仕事だけでなく、目に見えない“心のあり方”や“接し方”が伝わっていたのかもしれません。

 

表情も、評判も、見えないところに現れる。

今日も丁寧に、人と接していこうと思います。

2025.07.07

今朝の気づき、心のノートに #4 願いごと☆

7月7日 ヘルメットと願いごと☆

 

おはようございます🌞

 

昔のニュースには、今思えば不思議な話がたくさんあります。

たとえば「ノストラダムスの大予言」。1999年に人類が滅亡すると言われていたあの予言です。

 小学生だった私は、それを聞いて本気で怖くなりました。

「世界は終わるんだ」と思い込み、なんと当日はヘルメットをかぶって寝ました。

その姿を、父がしっかり写真におさめていて、今も証拠が残っています(笑)。

でも、朝起きたら…何事もなくてホッとしたのを覚えています。

 

こういった「〇月〇日に何かが起こる」といった話は、今でも時々耳にします。

最近では、7月5日に何かがあるという説が話題になったり。

いろんな人が、いろんな日を言いますが、結局、何も起きないことがほとんどなのですよね。

 

ある言葉に、「信ずれば成り、憂えれば崩れる」というものがあります。

情報に対して過度な心配をしたり、憂える心があると本質からずれて物事が崩れて良くない方向へ向かうことを後押ししてしまうことになりかねません。

 同時に、「希望は心の太陽である」とも言います。

どんな情報に触れても、どんな状況でも、私たちが希望に焦点を合わせ、自分の求める焦点を信じることが大切なのだと思います。

 

人は、ネガティブな情報に無意識に引き寄せられてしまう傾向があるそうです。

脳は生命の危機にすばやく対応するために、まず不安や恐怖に敏感に反応するようにできているとか。

だからこそ、意識的に「自分が本当に望んでいる方向」に目を向ける選択が必要です。

 

今日は7月7日、七夕の日。

皆さんは短冊に願い事を書きましたか?

 私は休日に娘とカフェに行ったのですが、店内に笹が飾ってあり、「ぜひ書きませんか?」と短冊を渡されました。

娘はそこに、「猫がいつまでも元気でいますように🐱」

と書いていました。なんだかほっこり。

 

あなたの願い事は、なんですか?

ぜひ今日は、ネガティブな情報ではなく、「自分が望むこと」に目を向ける日にしてみませんか。 

2025.06.23

今朝の気づき 心のノートに #3 つながりの力

2025.6.23 つながりの力

産業革命以前、労働の成果は人の手にかかっていました。働いた分だけ成果が得られ、生活もそれに準じたものでした。しかし、機械が登場すると状況は一変します。機械を所有し、それを動かすことで富を得る「ブルジョアジー」と呼ばれる階級が誕生し、生産性は飛躍的に上がりました。

 

そんな彼らのライフスタイルは、「街に出て、おしゃれをし、同じ立場の人たちと会話を楽しむ」ことがステータスとされていました。しかし、その中には、社交的でない人たちも当然いたのです。彼らは着飾って街に出ても、話しかける勇気が出ずにそのまま帰ってしまう。そんな経験を繰り返す中で、深い孤独に苦しみ始めた人たちがいたと言います。

 

その孤独を埋めるために「話し相手を雇う」というサービスが生まれました。条件は「笑顔で話を聞いてくれること」。これがやがて、バーテンダーやカウンセラーなど“人の話を聞く”職業へと発展していったとも言われています。

 

そして、現代。2022年の調査では、「死に直結する生活習慣」の中で、最も影響が大きいのは孤独であるという結果が出ています。過度な飲酒や喫煙を抑え、孤独が1位。人は“つながり”がないことで、心身に深い影響を受けてしまうのです。

 

現代はインターネットで簡単に人とつながれる時代と言われますが、実際には「どこにも所属していない」と感じている人が多いのも事実。かつては地域や家族、自然とできたコミュニティが今は希薄で、自分で居場所を探さないと“誰ともつながれない”時代になっています。

 

だからこそ、私たちが大切にしたいのは 「人との関係性」 です。

お客様と接するときも、単なるサービスの提供者と利用者ではなく、一人の人間同士としてつながること。相手の話にしっかり耳を傾けること、笑顔で受け入れること、そこにあるのは単なる接客ではなく、「あなたはここにいていい」というメッセージです。

 

どんな立場の人でも、どんな状況でも。分け隔てなく、受け入れ、つながりを感じられる関係づくり。それは、お客様にとっての「居場所」となり、やがてスタッフ自身にとってもあたたかいコミュニティとなっていくはずです。

 

小さなやりとりの中に、心をつなぐ力がある。

今この時代だからこそ、「人と人とのつながり」を大切にしていきたいですね。

2025.06.16

今朝の気づき 心のノートに #2 大切なこと

6月12日 目に見えない大切なこと

おはようございます☀

私の好きな民俗学者・柳田国男さんの本には、昔話や伝承が語り継がれてきた地方の風景とともに、人とモノ、神様や自然とのあたたかく不思議な関係がたくさん紹介されています。

たくさんある話の中から、私が特に印象に残った話を簡単に紹介したいと思います。

 

ある町に、小さな祠(ほこら)がありました。

そこには、昔から大切にされてきた仏像が祀られているのですが、その仏像、しっかりと固定されておらず、ただ立てかけてあったそうです。

あるとき、子どもたちがその仏像を持ち出して、坂道を転がしたり、ごろごろ遊び道具にしていたのだとか。

そのうちに顔はすっかり擦り減ってしまい、「顔のない仏様」になってしまいました。

 

それを見た地域の町長さんが「これはまずい」と思い、仏像で遊ぶことを子どもたちに禁止するようにしました。

 

ところが、その直後から町長さんは体調を崩し、ずっと寝込んでしまいます。

いったい何が起きたのか――。

 

そのとき、町には「仏像の声が聞こえる」というおじさんがいて、町長がその人に相談したところ、「仏像が乗り移った」と言うのです。

 

そして、仏像の“声”はこう語ったのだそうです。

 

> 「お前はなんてことをしてくれたんだ。

私は子どもたちと毎日楽しく遊んでいたのに、どうしてそれを止めたんだ。」

 

この言葉を受けて、町長さんは仏像で遊ぶのを禁止するのをやめました。

すると不思議なことに、体調はみるみる回復したそうです。

 

---

私はこの話を読み、深い気づきを感じました。

大切にすることはもちろん大事。

でも、「大切にする」の意味が、時として一方的な思い込みになっていないか。

相手(この場合は仏像)の気持ちになって考える――

そんな発想は、普段の自分にはまったくなかったなと。

 

それまでは「子どもたちが悪い」「傷つけるのはダメ」と思っていたけれど、

仏像の側からすれば、子どもたちと一緒に遊ぶ時間こそが喜びだったのかもしれない。

 

日本の各地には、こうした話がたくさん残っています。

それを語り継ぐ「語り手」がいて、その物語を通して、私たちは“目に見えない大切なこと”に気づかされます。

 

私はそういう話がとても好きです。

小さい頃からこのような伝統文化に囲まれて育ったわけではありませんが、

「何かの立場になって考えてみる」「見えない声にも意味がある」

そんな感覚を大事にしながら、これからもいろんな物語に耳を傾けていきたいと思っています。

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